相沢菊太郎

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相沢 菊太郎(あいざわ きくたろう、1865年 - 没年不詳)は、『相沢日記』の著者。淘宮術の信奉者で、吉川一元に師事した。母・兄夫妻・その他親族も淘宮術に入門していた。『相沢日記』の中にも、「淘宮術」や「淘話」「淘席」への言及がみられる。[1]

鈴木 (1966 7)は、相沢の処世観の源泉には、明治開化期の儒教的影響とあわせて、淘宮術の精神修養の実践があった、と推測している。

経歴[編集]

  • 推定1865年(慶応元)生まれ[2]

付録[編集]

脚注[編集]

  1. 鈴木 1966 7
  2. 鈴木 1966 7に、明治21年・1888年3月当時、23歳とある。

参考文献[編集]

  • 鈴木 (1966) 鈴木龍二「相沢翁と淘宮術」相沢菊太郎ほか『相沢日記・続』相沢栄久、7-9頁、NDLJP 2985880/8 (閉)